マサルと僕らとサボテンタコス

ケイジ

2015年02月08日 13:47

 1987年 高校生活最後の秋。
僕らは勉強もせず松本駅前の小さな喫茶店で放課後を過ごした。

 店の名前は『サボテンタコス』
野郎ばかりいつものメンバーが5、6人。 
フリードリンクなんてない時代、100円のタコチップとコーヒーを一杯だけ注文して、
「シンディー・ローパーは"TIME AFTER TIME"以上の曲はもう作れないよなぁ~。」
とか
「本当に面白いのはタカアキよりノリタケだよな」
なんて、たわいもない話題でだらだらと時間を過ごしていた。

 そんなある日、僕らのテンションを一気にヒートアップさせる出来事が起こった。 親友のマサルが合唱部の女の子をデートに誘ったのだ。
 紺のブレザーとチェックのスカートが似合う、小柄でおとなしそうな美少女だ。
「デラべっぴん」には絶対にでない清純派路線の女の子だった。
 
 早速、僕らはハートを射止めるための作戦を考え始めた。
”POPEYE”や”ホットドックプレス”を熟読してたので知識だけはタップリ入っている。 
マサルも僕も他の仲間もみんな浮かれて、自分がデートをするかのように意見を出し合った。
ピザのスマートな食べ方や
オシャレっぽいドリンクのチョイスなど
今となってはどうでもいいアドバイスだったが、
マサルは大学ノートまで用意し仲間の意見を一つ一つ箇条書きにした。
 
 やがて周到なシミュレーションもこなし後はデートを待つばかり。
もちろん、北方兼三の『試みの地平線』で勇気も注入済みだ。

  デートを翌日に控えマサルは万全を期す為、ベルモールの地下で財布を購入した。
マサルの持ってたHANG-TENのナイロン製のマジックテープ付きの財布はさすがに格好悪すぎたので、賢明なチョイスだろう。
清潔な男をアピールするためレノマのハンカチも購入し帰宅した。

 「これで完璧。」

 帰宅後、マサルはABA-HOUSEで買ったタートルセーターとワンウォッシュのリーバイスを用意した。長身でスリム、“(清水宏次朗 +阿部寛)÷2顔“のマサルに良く似合うコーディネートだ。そして、デートに履いて行く予定のリーガルのプレーントゥを丁寧に磨き始めた

 高まる緊張、膨らむ期待。 自然と靴を磨く手にも力が入る。
と、その時、マサルの家の黒電話が鳴り響いた。
「チリリ~ン」
合唱部の美少女からだ !

「あの〜、まさるくん?明日は友達として行くんだよね?」

 ”と・も・だ・ち…”

 突然そう念を押されたマサル…
 混乱するマサル…
 必死に取り繕うマサル…
 一気にテンションが下がるマサル…

 彼はもう靴を磨くのを止めていた。

 それでも、次の日の放課後、マサルはデート場所へ向かった。
 場所は『サボテンタコス』

 乾いた感情と僅かな期待の入り混じった複雑な気持ちのまま、彼は彼女と話し続けた。

 デート中残された僕らは彼女に見つからないように、自転車で行ったり来たりしながら、店の入り口や窓から何回も何回も覗き見を繰り返した。
引きつった笑顔と、いつもより少し背筋を伸ばしたマサルが彼女と向かい合って座っていた。
マサルとは何度か目が合いその度に迷惑そうな視線を投げかけてきたがそんなことお構いなしだ。
俊ちゃんみたいに格好良く脚を組んだマサルのプレーントゥは片方だけピッカピカだったのが悲しかった。

 店内では楽しそうに話してる様子だったが、その後、ふたりが付き合ったと言う話はなかった。

マサルのチャレンジは失敗に終わった。 僕らのお祭りも終わった。
二年後、高田馬場でナンパしようとマサルは自分のハンカチを落としてお姉さんにガン無視されることをこの時は誰も知らない。

 僕は家に帰り、ぼんやりとTVを眺めていた。 東山紀之みたいな髪型をした司会者のやってるテレビ松本の番組から”ナチュラル”というアマチュアバンドの心地よいメロディーが流れていた。



関連記事