~ケイジの限りなくノンフィクションに近いフィクション~

2012年09月14日

ボクの母


1年前に長男をなくしている母にとって、
ボクの誕生は絶望の淵から見えた閃光だったに違いない。
両親が顔を寄り沿いベビー布団で眠るボクの顔を何度も何度も見て微笑み合っていたことを想像するのは容易い。
44年4月、ボクは産まれた。


小さなゴム工場を営む父を手伝い、母は朝早くから夜遅くまで働いていた。
夜遅くまで働く両親に小学生のボクはインスタントコーヒーとピザトーストを作ってあげた。
砂糖たっぷりの甘ったるいインスタントコーヒーと、後ろを真っ黒に焦がしたピザトーストを母は大喜びしながら食べてくれた。
今でもインスタントコーヒーとピザトーストを見ると母のあの言葉が蘇る

「おいしいねぇ  おいしいねぇ  けいじはコックになればいいよ  おいしいねぇ」


ボクが東京暮らしを始めた頃、グレープフルーツダイエットで母が激やせした。
よろこびを隠しきれない母は上京中のボクにわざわざ写真を送ってきた。
マルチーズを小脇に抱え、10万ドルの笑顔で微笑んでいた。

屈託なく笑う母の笑顔。
いつもより化粧の濃い母の笑顔。

ボクは軽い吐き気と複雑な気持ちを抱いたが、
その写真を丸めて捨てずに引き出しの一番奥にそっとしまい込んだのは、母のことが好きだったからだろう。
今でもグレープフルーツを見ると写真に添えられた、母の手紙の文字を思い出す。

「拝啓 桂史、痩せたでしょ?48キロになりました。」


東京でプラブラしているボクに、母は優しかった。
夕方から朝方にかけて遊びまくってるボクを母は知らない。
松本では開業したばかりの蕎麦屋を必死に切り盛りする父と母。東京で遊びまくるボク。
今でも留守番電話の再生ボタンを押すと、
酔っ払って帰ってきたボクが聞いた母からのメッセージが再生するような気がする。

「けいじ、今日はお客さんがたくさん来たよ。でも蕎麦屋なんてやらなくていいから、けいじ、好きなことやりなさいよ。」


好きなことって何だろう?
遊ぶことしか考えてなかったボクは
信州家を継ぐ事を選んだ。
開業から24年。少しずつ形をかえながらも、細々と信州家は営業している。
父と母が始めて、ボクが継いだ蕎麦屋に
この夏、たくさんのお客様が来店してくれた。

グレープフルーツダイエットで痩せた面影もなく母は今も信州家にいる。
そして、食事の時間でもないのに、揚げ餅を頬張りながら今日もつぶやいている。

「おいしいねぇ  おいしいねぇ けいじ、おいしいねぇ~」

  


Posted by ケイジ at 21:46Comments(2)我思う